令和の現代社会は、便利さや豊かさの陰で、多くの課題を抱えています。
経済成長の代償として、環境問題や格差の拡大、人と人とのつながりの希薄化が進み、争いや孤独、憎しみといった感情が、私たちの日常の中にも見え隠れするようになりました。
こうした時代にあって、私たちが抱える苦悩や課題を照らし出し、その在り方を問い直す働きこそが、仏教の教えであるといえるでしょう。
そして、その仏教の教えに触れるもっとも身近な場が、「お寺」であり「仏事」ではないでしょうか。
仏事は、亡き人との別れを通して、無常のいのちを受けとめ、自らの生き方を見つめ直す大切な機縁です。
そこには、仏の教えにふれ、互いに傷つけ合う在り方を超えて、人と人とが共に生きていくための智慧が息づいています。
しかし近年、そうした営みも次第に簡略化され、かけがえのない関係性や、気づきの機会が失われつつあるように感じられます。
それでもなお、「大切な方のいのちのご縁を通して、仏の智慧に触れる」ことの意義は、決して失われるものではありません。
長徳寺は、仏事を通して亡き人を仏さまとして敬い、そのお心を共に訪ねていく中で、真に生きる道を見いだしていくことのできる場であり続けたいと願っています。